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STEP5:就職~うつ病発症

 コンピュータ会社に就職して、まずは銀行に出向してCD・ATMを集中管理するホストコンピュータの運用部門に配属された。三交代制だった。2~3年で開発部門に配置換えがあると就職時に聞いていた。しかし人事の交代があり、その約束はいつの間にかなくなってしまった。3人就職した中で一人は高校時代に資格を取っていた。しかし、最初に配置換えになったのは資格を持っている人でも私でもなく、もう一人の人だった。この人が後に私を苦しめることになる。その後、ホストコンピュータを置いている場所が別の新築した建物に移り、私も一緒に新しい建物で仕事をすることになった。そこで資格を持っている人が配置換えになり、私は一人になった。コンピュータの資格はいくら勉強しても取得できず、後輩たちは資格を取得して配置換えになり、私は取り残されていった。このころから体調が悪くなり始めた。
 このころから、頻繁に頭痛が出るようになった。体も太っているためか調子が悪かった。頭痛のために救急車で病院に運ばれたこともあって、脳神経外科に通うようになった。ここで約3年治療薬を飲み続けた。おそらく薬の飲みすぎも体調を悪化させた一因ではないかと思う。さらに閉鎖的環境のせいか、心が辛くなってきたので、県の施設でカウンセリングを受けるようになった。そのカウンセラーさんとは気が合いストレスも発散できたので、何とか仕事を続けられていた。しかしある日そのカウンセラーさんが転勤になり(県の施設だから転勤がある)、別のカウンセラーさんと話をするようになったが、気が合わなくて行くのをやめてしまった。だんだんと気持ちが落ち込むことが多くなったので、会社の先輩に聞いて心療内科に通うようになった。だが状態は良くならなかった。このころから会社でも人間関係が悪くなっていった。
 そのころ、会社に入ってきた後輩を好きになってしまった。仕事では厳しいことも言ったが話をするだけで楽しかった。ある日その子に好きだということを告白した。しかしその子はごめんなさいという以前に「人間として最低」と言われた。そのころ私は気持ちが落ちることが多くお薬も飲んでいてかなり悪い状態だったし、時々厳しいことも言っていたので嫌いになったのだろう。それがきっかけで状態は急に悪化した。仕事も出来ない状態になり、上司に噛み付いたり、そのころ体が弱くなった母に暴力をふるい、母は家出した。そして私は自殺未遂をした。だが死に切れなかった。そこで、周りの人の勧めもあり、入院することになった。

STEP4:高校時代へ。STEP6:うつ病発症後へ。